聖書(旧約聖書)とは?

「聖書とは、何か?」 イエスの弟子たちは、聖書(旧約聖書)で「イエスは、キリストである」(復活した)と論証しました。(まとめ「イエスは、キリストか?」参照) その「論拠」とした旧約聖書が、「神の言葉」でないとしたら、イエスの弟子たちの論証は、砂上の楼閣となります。 ここでは、その旧約聖書について検証してみます。 ⚫︎聖書の主張する自己の姿 聖書には、それ自身が「文献」(一般書籍と同じように人の言葉)であることを主張している部分と、「正典」(生ける神の言葉)であることを主張している部分とがあります。 聖書に「ついて」の意見がどうであろうとも、聖書の本文「自身」に即してみると、そう断定せざるを得ません。 プロテスタント教会の基準的聖書「正典」観を求めるためには、まず第一に、聖書自身が自ら主張しているこの二つの「姿」を求め、そこに絶対的基準を見いださなければなりません。 聖書の示す「自己の姿」は、「文献としての姿」と「正典としての姿」と「二つの姿の相互関係」の三点で求まられます。 ⚫︎聖書の示す「文献」の姿 聖書「正典」は、一つの「文献」です。 【はじめに】⚫︎聖書への感想やメッセージではありません。イエスの弟子たちが、どのようにして「イエスは、キリストである」と証明したのかを聖書から再現したものです。⚫︎「新しい事」を他者に伝える場合、他者の持っている「古い論理」で説明しなければ、絶対に他者に理解して貰えません。新しいアインシュタインの相対性理…

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